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障害年金への思い mind

発病と初診

「夜盲がありますね」 薄暗い部屋の中で私の目に強い光を当てながら先生は聞きました。質問の意味がわからず黙っていると、「鳥目の自覚はありますか」と言葉をかえて私を覗きこむようにしました。私が曖昧にうなずくと、先生は部屋の照明を明るくするよう看護師に指示し、パソコンに何かを入力しながら、「網膜に異常があります」と告げました。これが私の初診日です。

きっかけ

写真 (ポルトガル リスボン 旅行 写真)

 私がなぜ20数年ぶりに眼科を受診したかというと、メガネの度数があわなくなっていると感じたからでした。以前メガネを新調したとき、左右の視力差がかなりあるから正確な度数でメガネを作成できないと言われ、次回は病院で処方箋をもらってからくるようアドバイスを受けたことを思い出したのです。 そこで勇んで出かけた眼科で障害の告知を受けることになりました。 病名は「網膜色素変性症」。いまだ有効な治療法がなく、国の特定疾患に指定されている難病です。 先生から夜盲かと聞かれ何を言われているか理解できず、鳥目と言いかえられてはじめて思い当たるふしがありました。大学生のころ、友人たちと夜道を歩いていてなぜみんなこんな暗い道をスタスタ歩けるのだろうと思ったことが瞬時によみがえったのです。ただ、日常生活に支障をきたす症状ではありませんでしたし、視力に個人差があるように、当時は夜に目がきく人とそうでない人がいる程度の認識しかありませんでした。 生まれて初めて行った視野検査の結果は、驚くことにすでに二分の一以上の欠損を認める状態でした。半分の視野を欠損し、いまだ自覚症状がないということが信じられるでしょうか。しかし、私はこののち、視野障害での障害年金代理申請を通じて同じような、いやもっと症状が進行しながら、ちょっと見えづらいだけと自分をごまかしつつ生活してこられた多くの人たちと接することになりました。

自覚症状に至る過程

通常、片目だけで何か一点を注視したり作業を行う機会はほとんどありません。両目で見ていると、片側の視野欠損をもう片側で補うため、視野が欠けていることに気付きにくいのです。また、求心性視野狭窄(周辺部分から中心にむかい徐々に視野が狭窄していく症状)はゆっくり進行するため、その時々の視野に目が順応してしまい発見が遅れがちです。 自覚症状としてよく物につまずいたり、歩行時に人にぶつかることがあらわれたら、すでにかなり進行している可能性があります。

網膜色素変性症の特徴

写真 (ポルトガル リスボン 旅行 写真)

 この病気は網膜の細胞のうち、明るさをつかさどる周辺部分に異常をきたし視野狭窄を引き起こします。一般的な初期症状は夜盲で、10年以上の長い期間で徐々に進行し、視野狭窄・視力低下をともないながら失明にいたる事例もあります。 症状の出現の仕方や時期、進行速度は千差万別で、20歳前後に著しい視野障害を発症している場合もあれば、60歳で初めて視野狭窄を自覚する場合、中心視力は1.5でも視野狭窄だけがどんどん進行する場合もあります。 そしてこの中で最後のパターンがもっとも要注意で、ドクターから「あなたはそれだけ視力がでているのだから障害年金は早い」と言われた経験をもつ人が想像以上に多いのです。残念ながら、視野障害への理解が乏しいドクターも存在することを頭のすみに置いておかなければいけません。 また、網膜色素変性症は遺伝性疾患なのですが、それを理由に20歳前障害とは認定されず、潜在的病変が認められても無自覚なまま社会生活を送り病院等に行っていない場合は(大多数がこのケースです)、成人後に初めて病院へ行った日が「初診日」となります。 なお、この「初診日」は、障害年金を受給するうえで大変重要になる情報です。

告知

写真 (ポルトガル オビドス 旅行 写真)

 検査を終え、先生の問診が始まりました。視野の二分の一以上が欠損していること、両眼の中心部に浮腫があり眼圧が高いこと、欠けた視野は二度と戻らないこと、有効な治療法がないこと、今後確実に症状が進行すること…。つとめて淡々と事務的に説明され、なんだか他人事のようでした。 先生はそこで一呼吸おき、私の肩に手を置くと、「障害者手帳を申請しましょう」とことさら明るい声で言いました。 1ヵ月後、私のもとに障害者手帳と特定疾患受給者証が届きました。 「5級・両眼による視野が二分の一以上欠けているもの」 私はその文字をじっと見ながら右目をつぶってみました。見ている文字のすぐ左側がありませんでした。次に左目をつぶると、今度は見ている文字のすぐ右側がありませんでした。何度試しても結果は同じでした。 お恥ずかしい話ですが、私は社会保険労務士でありながらこの段階になっても障害年金という発想がなく、比較的冷静に対処しているつもりでしたが、やはり心ここにあらずだったのかもしれません。 以降、ドクターから紹介された患者会や当事者主催のイベント等への参加を通じ、そこで出会う人たちから障害年金の話を聞いてはじめて自分の仕事が社会保険労務士であることに思いが及んだのです。 私が社会保険労務士であるとわかると周囲がにわかに騒がしくなり、以後は相談を受けることが連続しました。それほどに障害年金で鬱々と悩みを抱えたままどうにもできない人たちがいたのです。 それも、私の周りにいるほんの数十人のグループの中だけでです。 いったいこの日本に暮らす視覚障害者の中には同じ悩みを抱えた人たちがどれほどいるんだろうか。当事者でもある社会保険労務士として、ひとつの道が見えました。

年金が受給されるまで

写真 (フランス パリ 旅行 写真)

 私自身の障害年金はどうなったかというと、結果的に3級の決定がなされました。 幸運だったのは、主治医が障害年金の認定基準にあかるく、非常に協力的だったことです。ただ、理解されていたのは3級までで、障害手当金の存在さえご存知ではありませんでした。ましてや、障害手当金に該当する程度であっても「治らないもの」は3級に該当する、などという情報は知る由もありません。 先生の協力のもと、視野が2分の1以上欠損し「治らないもの」として申請し、3ヵ月後、私のもとに送付されてきたのは不支給の通知でした。通知書には、要約すると「支給可能な条件を満たしていない」とありました。 私は、審査請求を行うにあたって障害等級認定基準を根拠とすることに加え、私の視野障害が交叉性半盲等ではなく不規則な視野狭窄であることの医師の意見書を添付しました。 ほどなく日本年金機構本部障害年金業務部長の名で処分決定の変更がなされることの通知が送られてきました。時を同じくして、今度は社会保険審査官から審査請求の取り下げをしてほしいとの連絡がありました。保険者が原処分の変更をしたために、もう争う余地はなくなったということです。 当初の決定がどうなされ、何を根拠に不支給となったのか今となっては知る術がありません。なお、申請から審査請求にいたるまで、一度も保険者から医師への問い合わせがなかったことを付け加えておきます。

情報伝達と共有の必要性

障害年金支給決定に際し、とかく目の障害は容易と思われがちです。なぜなら、はっきりした数値で表されるからで、ある意味ではそうかもしれません。しかし、前述してきたことを考え合わせると、多くの誤解や思い込みで受給につながっていないケースが多いように思われます。 特に視標の問題は深刻で、私自身の事例でもあきらかなように、障害手当金に該当する程度の障害であっても治らないものであれば3級に該当する、というケースでは、そもそも制度を知らないために申請さえしていない人たちが多いのではないでしょうか。

終わりに

障害年金は誰一人として同じ事例はありません。 自身も視野障害を抱える社会保険労務士として、権利としての適正な障害年金が受給できるようサポートを行っています。 また、これを読んでくださった多くの方が別の誰かと情報を共有することで、障害年金への共通の認識が拡がっていくことを切に願います。

月刊「ビジネスガイド」別冊10月号・年金相談第3号(日本法令)より抜粋

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